
マルコム・マクラーレン死去。意味はな...
マルコム・マクラーレンが4月8日、ガンで亡くなった。 セックス・ピストルズを売り出し、ヴィヴィアン・ウエストウッドと共にパンクファッションを作った仕掛人。
安全ピンや髪の毛を立てたパンクファッションはNYパンクのリチャード・ヘルのファッションをまねたものだといわれている。過激な言動で若者を煽り、時代の反逆者として立ち振う(という演出をした)プロデユーサーだ。パンクはファッションじゃないというけど、やっぱりパンクファッションの存在は普通にかっこよかった。しかし、マルコム・マクラーレンのことで面白いなあと思うのは、初期のヒップホップやハウスの紹介者のひとりであるという側面。
当時まだヒップホップやハウスともつかない奇妙なサンプリング音楽のアルバムとして『Duck Rock』は1983年にリリースされた。収録の Baffalo Galsは普通にヒップホップクラシックといえる。プロデューサーは、トレヴァーホーン。 ジャケのイラストは、キースヘリングです。ラップやスクラッチが、まだ文化として未消化の部分がいい。 でもやりたいことはマッシュアップだったということだけはよくわかる。
そのあとプッチーニのオペラ「蝶々夫人」をダンスミュージックにしたアルバムを発表した。 いまでこそクラシックのロングミックスは珍しくないけど、マルコムマクラーレンは確実にオリジネーターの一人と言える。 もうすこしちゃんとMIXしろよといいたくなるけど、まあこんな音楽でも十分新鮮だった。ハウス的な解釈といえるけど黒人音楽とは無縁。
発売された当時はパンクカルチャーをプロデユースしていたあれはなんだったんだオイ。みたいな気分があって、結局は商売人?みたいな見え方をしていたけれど、たえず新しいカルチャーが生まれるとそれをマッシュアップしてきた人で、やっぱり面白い。
80年代にジャン・フランソワ・リオタールという思想家がポストモダンの定義を「高度情報化社会においてはメディアによる記号・象徴の大量消費が行われる」というふうに予見したんだけど、まさにポストモダンを体現していたひとだと言える。パンクやヒップホップやオペラでさえも、重ね着したファッションの一部でしかない、という考え方なんだろうな。
まあ、そんな80年代の気分も東西の壁が崩れ、本当に文化のマッシュアップがはじまり、ネットによる多文化共生が日常になるとあたりまえすぎて語られなくなった。
享年64歳。マルコム・マクラーレンのご冥福を、心よりお祈りいたします。

























